介護現場での転倒事故はなぜ起こる?事例と防止策をご紹介
はじめに
病院での医療事故と同様に、介護現場では転倒などの事故が発生することがあります。
少しでも事故を防ぐため“リスクマネジメント”という取り組みを行っている事業所も増えています。その中では「介護事故をゼロにする」ことは不可能だと言われています。なぜなら、機械と違い人間の動きや考えを抑制することはできないからです。
介護施設へアンケート調査を行っても、必ず事故は発生しています。一例をあげますと、平成22年9~10月に㈱三菱総合研究所によって行われた調査では、次のような統計が出ています。
介護老人福祉施設(特養)において、平成20年度1年間に発生した事故件数
北海道…290施設で1,107件
神奈川県…298施設で3,606件
香川県…77施設で433件
同じく、有料老人ホームにおける平成20年度1年間の事故件数
北海道…221施設で274件
神奈川県…373施設で3,040件
香川県…39施設で112件
(参照データ:三菱総合研究所:平成22年度 介護施設における介護サービスに関連する事故の実態及び対応策のあり方に関する調査研究事業)11ページの事故統計
介護現場で発生する事故で多いものが「転倒事故」です。転倒事故は、なぜ発生するのでしょうか。事故を防止する対策はないのでしょうか。
介護施設での転倒事故はなぜ起きる?
介護施設の現場で起こる利用者様の事故のうち、転倒事故の割合は高くなっていますが、それはなぜなのでしょうか。
転倒事故が発生しやすい理由には、大きく分けて「外的要因」と「内的要因」の2種類があります。
外的要因
外的要因とは、利用者様が過ごしているベッド周りやトイレ・食堂などの環境や、一緒に過ごしている他利用者様やスタッフなど、本人の体自体ではない要因のことです。
外的要因の例は以下のようなものが挙げられます。
・ベッドや椅子、ソファなどが適切な高さ・硬さではない
・共用部や居室に、片づけ忘れた掃除用具やしまい忘れた椅子などの「転ぶ要素」がある
・トイレやホールなどの手すりの高さが合わない
・他利用者様が自操する車いすが自分に向かってきた
・スタッフの行うケアが適切ではなかった
内的要因
内的要因とは、本人の体に起因する要因のことです。例えば、病気や加齢による足腰の筋力の衰え、身体能力の低下などが考えられます。
薬による副作用(眠剤や安定剤の効果が強く、または蓄積し、足元がふらついたり眠気が強くなったりする)や、身体を動かそうとする意欲の減退なども内的要因です。
転倒事故は、外的要因と内的要因のどちらか一方だと防げる可能性が高くなります。両方の要因が重なった時、転倒事故が発生してしまうのです。
介護施設での転倒事故事例① 「ご利用者様が椅子から立ち上がる時に転倒」
介護現場では転倒事故が発生しやすいことと、その理由が内的要因と外的要因に分かれていることがわかりました。
転倒事故が発生しやすいとはいえ、実際に転倒してしまえば骨折し、入院治療している間にADLが低下してしまうなど、利用者様にとって良いことは一つもありません。
できる限り、事故を未然に防ぐ努力をしていくことが大切です。
そのためのポイントを、実際に発生した事故事例から具体的に考えてみましょう。
事故事例
「利用者様が椅子に座っていたが、柔らかい椅子だったため深く腰をしずめて座っていた。立ち上がろうとしたが上手く立ち上がることができず、フラついてしまい転倒した」
なぜ起こったのか(原因)
事故防止活動においては、事故が発生した要因をできる限り多く考え出すことが有用とされています。
外的要因について
・椅子の座面が柔らかすぎた
・椅子の高さが適切ではなかった(立ち上がる際、両足の底をしっかりと床につけ、体重をかけられる高さではなかった)
・椅子の手すりの場所や高さが悪い
・椅子が動いてしまった
・立ち上がった後、手を置いて支えるような机や手すりがなかった
・スタッフの見守りの目が行き届かなかった(立ち上がりの際、注意していただくように声を掛けることができなかった)
内的要因について
・前日の夜や朝食後に服用した眠剤、安定剤、血圧低下の薬などの副作用でフラついた
・立ち上がろうとした時に低血圧になった(起立性低血圧)
・トイレに行こうとしたが、間に合いそうになく焦っていた
・深く腰かけている場合、立ち上がる前に一旦お尻を少し前に出して浅く座っていただいてから、立ち上がってもらうように日頃から声をかけていたが、忘れてしまっていた。
・直前の食事摂取量が少なく、空腹で力が出なかった
・熱があるなど、体調不良だった
などが考えられます。
どうすれば今後防止できるのか(防止策)
考え出した要因が適切かどうかを、介護職員だけではなく看護職員やリハビリ職員など多職種で検討し、対応策を練ります。
例えば
・座面を固い椅子に換える
・椅子の高さを、足底がつくものに換える。或いは椅子の脚を切って本人に合わせる
・立ち上がる際に動かないような椅子に換える
・立ち上がった後、掴まれるようなものがある場所に椅子を置く
・立ち上がろうとした理由をご本人から聞き、立ち上がる局面を想定してスタッフの日課や導線を見直す。
・もしも急に立ち上がろうとした場合でも誰かが見守っていられるように、椅子や机の場所などを検討する
・安定剤や眠剤の量や時間が適切か、医師に状態を報告して確認をとる
・トイレへの声掛けを事前に行っておく
・食事、水分、睡眠の状況を当日のスタッフ間で情報共有する
・看護職員が体調確認を行い、少しでも異常があればスタッフ間で共有する
・立ち上がり動作を、リハビリスタッフが個別に指導する
などが考えられます。
介護施設での転倒事故事例② 「ご利用者様が送迎車から転倒」
今度は、別の場面で実際に発生した転倒事故事例から考えてみましょう。
事故事例
「利用者様が送迎車から降りる際、ステップを踏み外して転倒してしまった」
なぜ起こったのか(原因)
可能な限り、たくさんの要因を考えます。
外的要因について
・普段は歩行に問題のある方ではなかったので、スタッフが声掛けを怠った
・ステップの位置がいつもと違っていた
・ステップが不安定だった
・降りる際につかまっていた手すりが滑りやすかった
・車の中と外界との明るさの差があった(周りが暗くなってきて見えづらかった)
・最初にフラッとした際、スタッフが隣に居なかった(あるいは隣にいたけれど予測していなかった)ので支えられなかった
内的要因について
・熱がある・血圧が下がっていたなど、体調不良があった
・降りようと車の座席から立ち上がった後、急にめまいがした
・トイレに行きたくて焦っていた
・早く家に帰りたくて焦っていた
・早く他の利用者様に会いたくて焦っていた
・視力が低下してきている、または視界が狭くなってきている(片側の偏視がある、なども)
などが考えられます。
どうすれば今後防止できるのか(防止策)
出された要因を検証し、対応策を練ります。
・日頃は歩行状態が安定している方であっても、必ず「注意してください」と声を掛ける
・乗り降りの際にはスタッフが必ずそばにいて「もしも踏み外したら」と想定しながら見守る
・車とステップの段数の声掛けを行う(あと何段ですよ、など)
・ステップは、必ず安定した場所に設置し、必ずステップの場所を利用者様と共に確認してから降りていただく
・手すりが滑らないように、滑り止めのテープなどを巻き、運行前に必ず点検をする
・日没などと重なったら、その旨の声掛けを行う
・「ゆっくりで大丈夫ですからね」と声掛けを行う
・車に乗る前にトイレに寄っておいてもらう(自宅からの場合には、トイレは大丈夫か確認する)
・視力の低下や視界の狭窄がないかなど、病気や体調の把握にいつも留意しておく。またそれを他スタッフと共有する
などが考えまれます。
いずれにしても効果的な事故防止活動の基本は、他職種が協働して出来る限り要因を多く考え出すことと、それに対する防止策を練り、実際に行動に移すことです。
おわりに
介護施設での転倒事故は、極力防止しなければなりません。職員側に原因がある場合は、特にそうです。
万が一事故が起こってしまった場合には、原因の究明をしっかりと行い、対策を講じるようにしましょう。